Laddering Method
人と商品のあいだにラダー(はしご)をかける広告メッセージ開発の新手法
大橋 正房
(株)ビ一・エム・エフティー代表

言い古されたことだが、「リサーチとクリエイティブは水と油の関係にあり」、おたがいに反発の歴史があるようだが、水と油の臨界面ほど興味深い領域はない。「素晴らしい新製品はリサーチからは生まれない」とか「面白いCMをつくるためにデータは役に立たない」ということが言われたりすると、リサーチの側の者として「そうだけど、しかし、……」と臨界面に対して意欲を持つ破目になる。予定調和な楽観論だが、徹底した分析理性と素晴らしい創造的感性は意外と背中合わせの隣接した地平にいるものであるとも思う。

さて、広告表現というクリエイティブな領域にマーケテイングを生かそうとする新しい試みとして、電通ヤング・アンド・ルビカムは、広告のメッセージの開発のためのマーケティング手法をつくりあげた。「ラダリング・メソッド−タイブ1」である。ここでは、この「ラダリング・メソッド−タイブ1」を紹介し、そのうえで、この手法の可能性を検討してみたい。

4つのレベルを結びつける

ラダリングとは「はしご」を意味するLadderをもとにした言葉で、商品と消費者のあいだに「はしどをかける」という意味が込められている。

では、どんなはしごなのか。このはしごには4つの段階があり、商品の側から順に述べると次のようになる。


@商品属性
 (Attributes)
商品・サービスの物理的または客観的な特徴で、消費者が直接知覚できるもの。

A客観的ベネフィット
 (Objective Benefits)
商品属性から直接引き起こされる客観的便益。

B主観的ベネフィット
 (Subjective Benefits)
心理的な領域に属し、本人の感情・感受性によって主観的にとらえられる便益。

C消費者価値
 (Consumer Values)
OB(客観的ベネフィット)やSB(主観的ベネフィット)が本人にとってどの程度重要であるかを決定す恵右判断の基準。

この4つの段階の、商品属性(A)から消費者価値(V)までは、どの商品やどの銘柄も持っているはずであり、この4つのレベルの関連性を調査に基づいて分析するのがラダリング・メソッド−タイブ1である。

私たちはふだん、ベネフィットとか商品属性、あるいは消費者価値ということの概念をあいまいなままに使っていることが多いが、ラグリングの結果を見ると、商品属性から消費者価値までの4つのレベルを明確に区別することによって、商品の価値とかベネフィットあるいは商品特性と言われるものを系統的に考えることができる。では、4つのレベルはどうちがうか。わかりやすい事例が挙げられているので、そのまま紹介しておこう。ゴルフクラブの場合は次のようになる。


@商品属性
 (A)
スイートスポットがいままでの2倍大きい。

A客観的ベネフィット
 (OB)
曲がりにくく距離が伸びる。

B主観的ベネフィット
 (SB)
スコアが良くなって100を切れるかもしれない。

C消費者価値
 (V)
いままで負けていた仲間に勝って優越感にひたれる。

これはスイートスポットが2倍のゴルフクラブの例であるが、ここで商品属性(A)、客観的ベネフィット(OB)、主観的べネフイット(SB)、消費者価値(V)を理解するために、ゴルフクラブの事例にならって自分白身に応用問題を課してみることにする。

たとえば、眼薬の“バイシン”。


A  充血をとる
     ↓
OB 眼の白い部分がきれいになる
     ↓
SB 相手に認められる
     ↓
V  女王様気分になれる

“バイシン”はあなたを女王様にする限薬ということになるが、こうしたラダーが存在するかどうかは、あくまで仮説。また、たとえば、大塚製薬のカルシウムがはいったウエハースの場合、母親にとって次のようなラダーがあるかもしれない。


A  カルシウムがいっぱい
     ↓
OB ウエハースを食べてカルシウムがとれる
     ↓
SB コーンフレークより喜んで子供が栄養がある朝食をとる
     ↓
V  子供の健康に配慮する母親としての満足感が得られる

さて、「スイートスポットが2倍」のクラブや“バイシン”、ウエハースにはもちろん別の消費者価値やベネフィットのはしごがあり、逆に「優越感」「女王気分」「良い母親」という消費者価値にも別のはしごがある。1つの商品・銘柄は複数のはしごを持つが、それを4つのレベルに整頓し、系統図としてまとめあげるのがラダリングであると言える。

たとえば、「航空会社のビジネスクラス」は「座席が広い」という商品属性から3つの客観的ベネフィットと3つの主観的ベネフィット、そして1つの消費者価値を導いているし、「ビジネスクラス」にはこのほかに「専用カウンターがある」「団体客がいない」「乗務員の応対が行き届いている」などの商品属性から始まるラダーも挙げられている。こうしたラダーの系統図がラダリング・システムのアウト・プットなのである。

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ラダリングのシステム

では、ラグリングとはどのようなリサーチと分析をすることによって得られるのか。その仕組はノウハウにかかわるところがあり、必ずしも十分に説明してもらえなかったが、大雑把に言うなら、ラダリング・メソッド−タイプ1のシステムは「ラダー発見のための調査」と「最適ラダー決定のための調査」によって構成されている。

「ラダー発見のための調査」は、まず、電通Y&Rが開発したオリジナルな調査票を用いたデプスインタビューが、専門の調査員によって行なわれる。サンプル数は該当の商品やブランド、それに競合状況によって異なってくるが、おおよそ30人から200人くらい。「ラダーを発見」することが目的であり、結果は定性的に分析される。定量的な調査が必要とされるノ場合は「最適ラダー決定のための調査」を行ない、ラダーの評価を行なうことになる。

デプスインタビューは「商品の特徴」「商品の持つ利点」「商品から消費者が受ける利益」「商品に対して消費者が感じる価値観」の4つのレベルの質問を繰り返すことによって行なわれるが、この質問のテクニックが、ラダリング・システムの1つのノウハウであるという。

質問は大きぐ商品レベルとブランドレべノレの2つの側面から行なわれる。たとえば、ある航空会社のビジネスクラスの場合、ビジネスクラスという商品レベルでの質問と、競合関係を持つ航空会社を相対的に比較した場合の質問とがある。

そして、デプスインタビューによって得られた回答を、ラダーとして選択する作業が次に行なわれることになるが、この作業はリサーチャーだけではなく、プランナー、クリエイターが共同して行ない、ユニークなラダーや共通性の高いものが選び出されることになる。

ここまでがステップ1だが、こうしたラダリングは、人と商品とを関係づける方法としてアメリカで開発されたもの。
電通Y&Rはこれを広告表現の開発のための手法として改良を加えている。

改良の最大の特徴は、1つは、定量調査にも使えるステップ1用のオリジナル調査票を活用すること。もう1つはステップ2で、ステップ1で抽出されたラダーを定量化するために、「最適ラダー決定のための調査」が行なわれることである。そして、この定量的調査の結果、競合関係や自社ブランドの優位性、ユニーク性といった観点からの戦略的な判断を加味して、訴求点となる最適ラダーを最終的に決定する。

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クリエイティブと訴求レベル

このラダリングはおもに広告のクリエイティブのために行なわれる。もちろんクリエイターたちの創造力を制約するものではなく、「発想のスプリングボードとなるもの」をつくり出すのが目的であるという。

広告の表現を制作する側にとって、ラダリングとは商品・銘柄の地図と言っていいのかもしれない。広告で「スイートスポットが2倍」という商品属性を訴求するのか、それとも「100を切る」という主観的ベネフィットを訴求するのか、あるいは「優越感にひたれる」を伝えるのかは、ラグリングだけからは判断できないし、それをどう表現するかは、もっぱらクリエイターの領域となるからである。

しかし、たぶん、いままではマーケティングの側は、こうした4つのレベルの地図をつくらず、あいまいなまま情報を提供するか、4つのレベルを区別せずにそれぞれに「消費者の欲求」ということで数値を与え、異なったレベルのものを同一次元に置き換え、数量的な優位順位を与えてきたことが多かったと思う。方位のない地図か、旅の行き先の人気ランキングを情報しがちであり、正確な地図づくりは怠ってきたと考えていいのかもしれない。そして、たぶん、正確な地図が与えられるほど、地図はさまざまな旅のシミュレーションを可能にしてくれるのである。ラダリングとはそうした地図づくりであると言っていい。

ただ、広告表現に使われているラグリングの4つのレベルは、商品によって特徴があるという。たとえば、高級乗車だと、主観的ベネフィットや価値観という人間に近い部分が訴求され、医療品は客観的ベネフィットが訴求されることが多い。そして、このラダリングは、商品よりも人間に近いレベル、消費者価値や主観的ベネフィットを抽出することに有効な手法であり、低価格のものよりは、高価値のもの、実用品よりは噂好晶・ファッション商品に適しているという。

自我関与の高い商品ほどターゲットの価値観にフィットすることが重要であり、価値の訴求が重要な意味を持つことになるからである。

しかしラグリングの特徴は、何よりも商品属性から消費者価値につながる4つのレベルの関連性である。たとえば、広告の表現が商品の属性とは一見かけはなれた、いわゆる「モノ離れ」の表現になっていても、そこに商品属性につながるラダーが背景として存在するなら、モノ離れした表現は広告を見る者のココロの中に、モノにつながるラダーを生み出せる表現力を持つかもしれない。そうした商品属性、客観的ベネフィット、主観的ベネフィット、そして消費者価値を結ぶ1本の糸の存在が、表現力とメッセージを持つクリエイティブをつくり出すと言うべきなのだろう。



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ラダリングの可能性

ところで、ラダリング・システムは広告のクリエイティブの開発をおもな目的とした手法だが、この手法は広告だけでなく、さまざまな領域に適用できる。たとえば、その1つとして商品開発にはどうだろうか。

広告クリエイティブの場合はまず商品があり、商品属性から出発し、客観的ベネフィット、主観的ベネフィット、そして消費者価値にたどりつくという手法がとられるが、消費者があるカテゴリーの商品に求める客観的ベネフィットを導き出し、そうしたベネフィットを商品属性とする商品の開発が提案されるという手順が考えられる。

もう10年近く前のことだが、ルームエアコンのコンセプトを提案するために、机に向かって四苦八苦していたら、隣の席の女の子が「しあわせエアコンですよ」と言った。

こちらは「音が静かで勉強に集中できる子供部屋のエアコン」など、モノやイエにべったりくっついたエアコンを考えていたので、「しあわせなのはおまえだよ」と言い返しただけだったが、「しあわせな気分になる」という消費者価値から出発し、しあわせの気分をつくる主観的ベネフィットは何かを考え、エアコンにたどりつく

ことができたのかもしれない。1人住まいの家に帰ると部屋を温めたり、冷やしてくれていて、「お帰りなさい」と迎えてくれるエアコンで……。

こうした「しあわせ」とエアコンをつなぐラダーを発見し、「しあわせエアコン」の商品属性を兄いだすことが、この手法なら可能だろう。

教科書的な言い方になるが、マーケティングは音が静かなエアコンを提案し、クリエイティブはしあわせを表現した広告を展開し、両者は何の接点をも持たないことがよくある。

だから、こうした商品開発寄りの商品属性と、クリエイティブが表現する消費者価値をつなぐラダーの発見が、商品開発にも、広告表現にも必要とされているのである。


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